【原作本とミュージカルを両方堪能(特に肝心な箇所のネタバレ大いにあり) 】

本を読んでこんなに泣いた事ってあるかな...。やっぱりこれって、ミュージカルでのチャーリイを観ているから感情移入がすごかったのかなぁ。 正直、ミュージカル版をみて号泣されている面々はどこの辺りで...?と思っていたのですが、原作読んでたら号泣ポイントは沢山あることに気付きました。...まぁでも号泣させるのが目的ではないので私の号泣はどうでもいいのですが。
色々観劇感想を読み漁りましたが、その中に多分健ちゃんファンでも原作ファンでもない(友人に誘われて的な)方の感想がありまして。チャーリイに共感できないし、何がいいたいのか分からなかったと。...へぇ、この物語って様々な立場や角度で共感ポイント沢山あるなぁと思っていたので、そんな感想持つ人もいるんだぁとビックリ?!
確かに天才チャーリイはいけ好かない描かれ方の部分が多いですが、なぜそうなったか?がミソなSF小説だと思うし。要するに、知能がものすごく高くなっても、伴う感情とか経験とか与えられる愛とかがないと、生きていくバランスは取れず苦しいだけだということと、逆に何もかも忘れていってしまう(ここでは知能の後退)恐怖や切なさを表現するには、このSF設定が必要だった...。
考えるとIQの高すぎる子供さんって世界に一定数いるそうですし、こういう苦悩は少なからず持って生活されているのだと思うと、普通って幸せだなと改めて思ったり。そしてもっと身近な問題は年老いて忘れていくという道。祖父母や両親がそのようになっていくのを見ているのはやっぱり切ないし、忘れつつある時期の本人が一番恐怖だろうなと。
それと避けて通れないポイントは、チャーリイの母のしてきたこと。まあ簡単にいえば知的障がいの子育てとして間違った路線で突っ走ってて、下の子が生まれたらその子を守ることだけに専念してしまった母。チャーリイが可哀想で号泣...っていうのはなかったのですが、どうしたらこんな仕打ちをされる子を無くすかという視点で考えてしまう(そんな世代?)。 んー、このお母さんもどのように育てれたのかなと切なくなるしなぁ...。平均以上でないとダメ、と思っている人は沢山いるのだろうしね。このお母さんをどうにかする自信は私にはないから、あと1歩頑張ってチャーリイを守って欲しかったのはお父さん。お父さんは割と真っ当な人で、チャーリイを母親から引き離したのはよかったのだけど、何故か自分の兄弟にチャーリイを預け、その叔父さんがドナーさんに預けて、という道を辿る。自分では育てる余裕がなかったのかなぁ。自分の子なんだからあと1歩底力出して欲しかった...。
でもチャーリイはIQが低いとはいえ、いつも笑っていてかしこくなる意欲を持ったとても穏やかな子で、育てた環境は悪くなかったのか?とも思えるし。
さて私が一番泣いたのは、アリスとの本当に束の間の同棲生活。ミュージカルではそこは描かれずプラトニックのままの印象でしたが、原作では知能が落ち始めた後に結ばれ、10日間ほど一緒に暮らします。結ばれた瞬間の描写が実に宇宙的で神秘的で感動したし、それなのに1日単位で出来ることが少なくなって自暴自棄になるチャーリイと、それを覚悟して生活を共にしたアリスですがやはり苦しくて...。出ていくべきだというチャーリイにも、いやよ!と抵抗するけど決意が固いチャーリイを説得できず出ていったアリスにも、両方に号泣。
そしてほぼ元通りの知能に退行したチャーリイがついキニアン先生(=アリス)のクラスに勉強しに来てしまう所とか、ドナーズベーカリーに再度雇ってもらったが新しく入った従業員に虐められ、元々の同僚がそいつをクビにすべきだと息巻いた時にチャーリイが「クビにまではしてほしくない。その人にも家族がいるんだし職探しは大変だから...」と優しい恩情を。...そう、チャーリイはいつだって優しかったし前向きだ。
そして、みずからウォレン養護施設に行くことを決め、「アルジャーノンのお墓にできたら花を手向けてください」と...。アルジャーノンのことは憶えてるんだね...。ミュージカルではこの時満面の笑顔でしてね、もう、もう、天使の笑顔なんですよ...。
観劇後読んだ何かの記事に(アフタートークショーの内容の記事だったかな)、健ちゃんはその最後の場面は、チャーリイが天国に行ってしまったという解釈で演じていると。...なるほど、だから天使の笑顔だったんだと、知った時にまた号泣ですよねぇ。
知的障がい者を筆頭としたマイノリティの立場、その子を育てる親の立場、その子のきょうだいの立場、思春期の立場、社会に出て仕事が出来る出来ないと振り分けられる立場、痴ほう症になりつつある高齢者の立場、それを介護する立場、etc...。無関係な人はいないんじゃないかと思うこの本のすごさ、だからこそ長年読まれ続けてるんだなぁ。

本を読んでこんなに泣いた事ってあるかな...。やっぱりこれって、ミュージカルでのチャーリイを観ているから感情移入がすごかったのかなぁ。 正直、ミュージカル版をみて号泣されている面々はどこの辺りで...?と思っていたのですが、原作読んでたら号泣ポイントは沢山あることに気付きました。...まぁでも号泣させるのが目的ではないので私の号泣はどうでもいいのですが。
色々観劇感想を読み漁りましたが、その中に多分健ちゃんファンでも原作ファンでもない(友人に誘われて的な)方の感想がありまして。チャーリイに共感できないし、何がいいたいのか分からなかったと。...へぇ、この物語って様々な立場や角度で共感ポイント沢山あるなぁと思っていたので、そんな感想持つ人もいるんだぁとビックリ?!
確かに天才チャーリイはいけ好かない描かれ方の部分が多いですが、なぜそうなったか?がミソなSF小説だと思うし。要するに、知能がものすごく高くなっても、伴う感情とか経験とか与えられる愛とかがないと、生きていくバランスは取れず苦しいだけだということと、逆に何もかも忘れていってしまう(ここでは知能の後退)恐怖や切なさを表現するには、このSF設定が必要だった...。
考えるとIQの高すぎる子供さんって世界に一定数いるそうですし、こういう苦悩は少なからず持って生活されているのだと思うと、普通って幸せだなと改めて思ったり。そしてもっと身近な問題は年老いて忘れていくという道。祖父母や両親がそのようになっていくのを見ているのはやっぱり切ないし、忘れつつある時期の本人が一番恐怖だろうなと。
それと避けて通れないポイントは、チャーリイの母のしてきたこと。まあ簡単にいえば知的障がいの子育てとして間違った路線で突っ走ってて、下の子が生まれたらその子を守ることだけに専念してしまった母。チャーリイが可哀想で号泣...っていうのはなかったのですが、どうしたらこんな仕打ちをされる子を無くすかという視点で考えてしまう(そんな世代?)。 んー、このお母さんもどのように育てれたのかなと切なくなるしなぁ...。平均以上でないとダメ、と思っている人は沢山いるのだろうしね。このお母さんをどうにかする自信は私にはないから、あと1歩頑張ってチャーリイを守って欲しかったのはお父さん。お父さんは割と真っ当な人で、チャーリイを母親から引き離したのはよかったのだけど、何故か自分の兄弟にチャーリイを預け、その叔父さんがドナーさんに預けて、という道を辿る。自分では育てる余裕がなかったのかなぁ。自分の子なんだからあと1歩底力出して欲しかった...。
でもチャーリイはIQが低いとはいえ、いつも笑っていてかしこくなる意欲を持ったとても穏やかな子で、育てた環境は悪くなかったのか?とも思えるし。
さて私が一番泣いたのは、アリスとの本当に束の間の同棲生活。ミュージカルではそこは描かれずプラトニックのままの印象でしたが、原作では知能が落ち始めた後に結ばれ、10日間ほど一緒に暮らします。結ばれた瞬間の描写が実に宇宙的で神秘的で感動したし、それなのに1日単位で出来ることが少なくなって自暴自棄になるチャーリイと、それを覚悟して生活を共にしたアリスですがやはり苦しくて...。出ていくべきだというチャーリイにも、いやよ!と抵抗するけど決意が固いチャーリイを説得できず出ていったアリスにも、両方に号泣。
そしてほぼ元通りの知能に退行したチャーリイがついキニアン先生(=アリス)のクラスに勉強しに来てしまう所とか、ドナーズベーカリーに再度雇ってもらったが新しく入った従業員に虐められ、元々の同僚がそいつをクビにすべきだと息巻いた時にチャーリイが「クビにまではしてほしくない。その人にも家族がいるんだし職探しは大変だから...」と優しい恩情を。...そう、チャーリイはいつだって優しかったし前向きだ。
そして、みずからウォレン養護施設に行くことを決め、「アルジャーノンのお墓にできたら花を手向けてください」と...。アルジャーノンのことは憶えてるんだね...。ミュージカルではこの時満面の笑顔でしてね、もう、もう、天使の笑顔なんですよ...。
観劇後読んだ何かの記事に(アフタートークショーの内容の記事だったかな)、健ちゃんはその最後の場面は、チャーリイが天国に行ってしまったという解釈で演じていると。...なるほど、だから天使の笑顔だったんだと、知った時にまた号泣ですよねぇ。
知的障がい者を筆頭としたマイノリティの立場、その子を育てる親の立場、その子のきょうだいの立場、思春期の立場、社会に出て仕事が出来る出来ないと振り分けられる立場、痴ほう症になりつつある高齢者の立場、それを介護する立場、etc...。無関係な人はいないんじゃないかと思うこの本のすごさ、だからこそ長年読まれ続けてるんだなぁ。

